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蔵の味を受け継いで

黒澤酒造株式会社 杜氏   黒澤 洋平さん

         顧問杜氏 中澤 礎 さん

生酛造りならではの深い味わい

 黒澤酒造を訪れたのは、年明けで今季の造りの真っ最中。杜氏の黒澤洋平さんの案内で、酒蔵の中を案内してもらった。今回は、先代杜氏で顧問の中澤礎さんにも同席をお願いした。麹室に続く部屋に並んだ小さ目の発酵タンクの中では酒母がふつふつと白い泡をたてて、いい香りを放っている。中澤さんは、タンクにかがみこんで、手で煽って香りを確かめる。その表情が何とも愛おしそうだ。「どうですか?」「いいじゃないかい」何気ない会話の中に、少しだけ緊張感がにじんでいるように感じられる。誰よりもこの蔵の酒を知る人に仕事ぶりを見られるのは、いつになっても身が引き締まるに違いない。
 「『酒屋萬流』という言葉の通り、酒蔵によってそこに棲みついている微生物や、使用する酵母、仕込みの水などによって、味に違いが出ます。当蔵のお酒は生酛造りによる『旨味のある辛口』が特長といえます」と黒澤さん。生酛造りは、酒母が約2週間でできる普通醸造に比べて倍ほどの手間をかける。酒母を造る際に蒸し米・麹・水を合わせ、発酵させながらすりつぶす「山卸し」をして空気中から採取した乳酸菌を加え、暖気樽(だきだる)で温度を調整して糖化させながら乳酸菌を増やすことにより、雑菌や野生酵母などを死滅させた上で清酒酵母を加える。ここまでに約2週間かかる。さらに 温度管理をしながら酵母を最大限に増やし、その状態を維持する「枯らし」を経て本仕込みに入る。「手間はかかりますが、甘・酸・辛・苦・渋の五味のバランスがよく、飲み飽きしない酒を造るためには欠かせません」と黒澤さんは言う。

うれしそうに酒母を看る中澤さん

純米吟醸生酛造り マルト礎

 中澤礎さんは、新潟県出身。珍しいお名前の由来を尋ねると「わたしは次男だから、いずれどこかの家に婿に行き、その礎になるようにとこの名をつけたようです」とのこと。学校を卒業して越後杜氏の元で蔵人になり、愛知県で8年、昭和34年から黒澤酒造で酒造りに携わり、昭和53年から平成21年まで杜氏を務めた。60年近い歳月を酒造り一筋に生きてきた。今でこそ機械化が進んだが、昔はすべての作業が人の手によって行われ、重労働だったという。「酒造りでは、麹が生み出した糖分を酵母が食べきって、酵母が力を出し切った『完熟』の状態にすることが大事だね。醪の状態を見ながら十分な日数をかける。酒はデリケートなものだから、熟し切らないと火入れをしてからも変化して、ひと夏越すと味が変わってしまうんですよ」と中澤さん。なるほど、秋上がりはその年の造りの通信簿ともいえるわけだ。
 黒澤酒造には「純米吟醸生酛造り マルト礎」というお酒がある。その紹介文には「杜氏 中沢礎、 酒造り道一筋に五十余年、当蔵製造の礎を築きました。“マルト礎”は杜氏と蔵人達に敬意を示し、これからの当社の歴史と伝統の礎を築く様な酒になってほしい。と念じ、醸し名付けました」とある。ひと口飲めば、「ああ、その通りだ」と思う。しゃんとした背中のようにしっかりとした存在感、生酛造りならではの独特な酸味と、この蔵らしい透明感があって、柔らかく奥行きのある味わい…。このおいしさを表現できる言葉が今でも見つからないのだが、初めて飲んだ日からずっと心を奪われている。

 黒澤酒造では、大吟醸、純米酒、普通酒で季節限定商品まで入れると日本酒で30種類以上のラインナップがあり、焼酎や梅酒、地元産のプルーンを使ったリキュール、甘酒なども造っている。佐口のお米で造る「百姓物語」を始め、「八千穂」「こうみざかり」など、地元のお米にこだわった商品にも意欲的に取り組んでいる。「うちの蔵には精米所があって、お酒に合わせて小口の精米ができることが強みです」と黒澤さん。「純米大吟醸 黒澤」は昨年9月の長野県清酒鑑評会で県知事賞を受賞した。「全国や外国の鑑評会で賞をいただくことはあったのですが、県ではいただいていなかったので、うれしかったです」と笑顔で話してくれた。「造りの技術の進歩や情報化によって、どの蔵でもおいしい酒が造れるようになり、競争が厳しくなる中で選ばれる酒を造らなければなりません。この蔵では、お酒の第一印象が華やかというよりも、食事と相まっておいしさを引き出し合える、飲み飽きしないものを造っていきたいと考えています」。

黒澤酒造の精米設備

 今年は佐久地域の13の酒蔵が合同で醸す「SAKU13」の仕込みを担当する。「よその蔵の造り方を学ぶこともできて、よい刺激になります。顧問がいてくださった頃は、すぐ後ろで『これでいいのだろうか?』に答えてもらえましたが、今はすべてを自分で判断し、決定しなければなりません」と語る黒澤さん。だが、きっとこの場にいなくとも長きに渡りこの蔵に中澤さんが残してきた足跡は、やっぱり礎となっているに違いない。その上にどんな柱を立てていくのか、黒澤さんの挑戦を中澤さんは見守り、黒澤さんはその視線を受け止めながら前に進んでいくのだろう。

​対談を終えて

 中澤さんは御年81歳。その掌は厚く、働いてきた年月が刻み込まれていました。生酛造りのどっしりとした味わいそのもののように思えました。この写真は一昨年春の蔵開きの唎酒コンテストのご褒美に撮っていただいた一枚です。

文責 赤堀公子

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