大日向の小屋に流れる豊かな時間…
山村テラスにようこそ。
世界各国から人々が訪れる大日向の隠れ家
茂来山を望む斜面の中腹に、森を背にして建つ小屋があります。「山村テラス」と名付けた、12畳ほどの小屋の中には、まきストーブと小さなキッチン、ベッドがわりのロフトがあり、ハンモックも吊っています。広いテラスでは風や日差しを感じながらくつろぐこともできます。この小屋で過ごすために、国内外から人々がやって来ます。電気や水道などのライフライン網から外れた「オフ・グリットな生活」を体験しに来る人、記念日に二人で過ごす人、日本を旅行している外国人など、予約がない日が少ないくらい。
近くのプルーン畑を訪れたフランス人のカップルと。
もともとは、仲間たちと何か面白いことをやろうと建てた遊び場でした。電気も水道も通っていない小屋には、便利で広い家とは違う時間が流れていました。風の音や光の加減、鳥のさえずり、雨の強さ…、ふだん気にも留めなかったことを感じることができます。そして、息づかいがわかるほど近い距離で過ごすのは、親しい間柄でも新鮮に感じられます。
そのよさに魅了されたわたしは、2012年の冬と2013年の夏に、「小屋で過ごす文化」の先進地、フィンランドを訪れました。Airbnbという、自宅に旅人を宿泊させてくれるサービスを利用し、首都ヘルシンキ郊外にある森の小屋で、1週間ほどお世話になりました。オーナーの男性は、母屋のほかにサウナ小屋やソーセージ小屋を持っています。湖のほとりには、いくつもの小屋が建っていて、平日は便利で忙しい都会に暮らす人々が、週末を過ごしに自然の中に建てたそれぞれの小屋にやって来るのです。いくらか不便で、だからこそ日常を離れられる小屋での時間は、きれいな空気や星空や鳥の声に囲まれて、家族と語らったり、本を読みふけったり、自分と向き合ったりして、ゆっくりと豊かに過ごすことができるのです。そんな過ごし方、暮らし方を、日本でも広めていけたらいいなと思い、帰国後にこの小屋に「山村テラス」と名付け、活動を始めたのです。 沢から水を引かせてもらい、太陽光パネルを設置して電気を供給できるようにしました。トイレも設置し、人が訪れられる環境を整えました。
暮らすような滞在を提供したい
山村テラスでは、ゆったりと流れる時間を味わうのはもちろん、バーベキューやデイキャンプ、イベントの開催もできます(利用は完全予約制)。昨年、空き家を利用して、グループでの宿泊やイベントを開催できる少し大きなスペースも設けました。同じ集落の畑や果樹園で収穫や農業体験をさせてもらったり、木工工房で自分の箸を作らせてもらったりと、地域の人と交流しながら豊かな暮らしを体験できるようなここならではの過ごし方も提案しています。プルーンの木の下でアコーデオンを奏でたフランス人もいれば、乙女の滝で指輪を渡してプロポーズをしたオーストラリア人もいました。彼らにとって、大日向での時間は忘れがたいものになったと思います。
浅科村出身で現在は佐久穂町大日向地区に住んでいる岩下大悟さん。
昨年(2014年)は、東小(現・大日向小)を活用して、東京の会社員が田舎暮らしを体験する社員旅行も実現しました。東小は閉校になってしまいましたが、学校は地域の人がつながる大切な場所だったのではないでしょうか。例えば、集落の人がいらないものをリサイクルしたり、共有の機械や道具を置く場所にするだけでもいい、自然に交流できるような場所にできたらいいと思います。小さな小屋、大きな学校、そして、豊かな自然と懐の深い住民の皆さん…。大日向の、佐久穂町の人たちと一緒に、この地に新しいつながりを作っていけたらと考えています。ここからは、東京もニューヨークもヘルシンキも、そして大日向も同列に見えます。この小屋を含めて「尖がった滞在場所」が増えていったらおもしろいなと思うのです。
※赤堀公子さんのインタビュー・ライティングによって佐久穂グルメ新聞町民キッチン2015年夏号に掲載された記事を、2023年1月に改訂しました。