「さくほの良さがもっと見えるように
光を当ててゆきたい
前佐久穂町長
佐々木 定男さん
何でもあるけど何にもない、何もなけど何でもある
わたしは八千穂で25年間酪農をやっていたんです。高校を卒業して、2年くらい東京に行って仕事をして帰って来ました。卒業してそのまま家に入るのがどうしても嫌で、親戚に頼んで職場を見つけてもらって東京で働いた。たった2年だったけれど、この経験はとても貴重だったと思います。仕事も故郷も客観的に見られる目を持てた。
思い出の畜舎で(佐久穂町・畑)
働きに働いた酪農家時代
酪農は25歳から50歳までやったんですが、その間は本当に休んだことがなかった。「たった1日でいいから、仕事を完全に離れられる日が欲しい」それが、わたしの切実な願いでした。1年間に4000時間以上働いても、サラリーマンの給料には全然追いつかない。でもね、仕事はおもしろかったですよ。わたしが牛飼いを始めた昭和40年代は家の近くに牛舎があるのが当たり前だったんですが、わたしは山の牧場に牛舎を建てて、そこに牛を曳いて行きました。そしたら人には「上畑のバカ息子」って言われてね。でも、5~6年もやっていたら、人が見方を変えたんですよ。案外合理的なやり方じゃないかと。牛舎の横に管理棟を建てて、1日に数時間家に戻る以外は、ずっと牛のそばにいた。ケガや病気をすぐに手当して、大事にならないように。牛は生まれてから乳を絞れるようになるまで2年以上かかります。14~15か月ごとにお産をして6~7年くらい絞れたらいい。最低でも3回お産しないと利益が出ない。牧草やモロコシを育ててサイレージを作ったり、ワラを1年に7000束も集めたり、乳搾りや日々の管理以外にもいっぱい仕事があった。夫婦二人では本当にキツイから、50歳できっぱりやめようと決めてやめました。そしたら、今度は農協からキノコの工場を何とかしてくれって…。酪農をやめてもなかなか休めなかったねぇ。でも、初めて趣味を持つことはできた。鮎釣りです。これは楽しい。本当に、鮎釣りの季節が来るのをわくわくしながら待っています。
足元に眠る「町の宝」を掘り起こしたい
佐久穂町には、都会の人がうらやましがるようなものがたくさんあります。でも、町の人にはあまりそう思えてはいないのかもしれない。産業としても、農業も製造業もサービス業もあるけれど、突出してこれというものはない。それを「何もない」ととらえるか、「何でもある」ととらえるかで、未来の描き方はずいぶん違うかもしれません。
町民キッチンでやろうとしているのは、「足元に眠る宝」を掘り起こして光を当てるこことです。「そんなことやったって」と言う人もいると思いますが、いつでも何か新しいことをやるときには言われるものなのです。わたしが山に牛舎を作ったときのように。新規就農で有機農家の萩原さんがやってきたときもそうでした。「何年もつかな」って言われていましたけれど、今や全国に名の知れた有機農家で、佐久地域の新規就農者や有機農家のリーダー的な存在ですよ。思いを持った人が始めたことが、いろいろやっていくうちにこの土地に合ったものになって、価値のあるものを生み出していく。こんなふうにして、20年後には、また思いもかけないような仕事ができているかもしれないですよ。宝はどこかにあるんじゃない。わたしたちの足元にあるはずです。
「のらくら農場」の萩原紀行さん
萩原さんの農業は、町長のこの畑で始まった
清らかな水とみんなの健康をいつまでも
兜岩の湧水。佐久穂町と佐久市の10万人弱に供給される極めて上質の飲用水はこの近くを水源とする。兜岩の湧水は八千穂農水の水源で千曲川西側の田畑を潤し、飲用水と同様に上質の水が美味い農作物を育てる。北八ヶ岳の苔むす原生林と37年の時がもたらす恩恵だ。
次世代に大切に引き継いでいきたいものとして、この清らかで豊かな水資源と、町の健康管理事業を挙げます。今、わたしたちが飲んでいる水は約37年前に地表に降ったもので、地下に浸透し長い時間を経て湧き出してきたものです。佐久穂の水は、きれいでおいしい。この水質を100年先まで維持していけるように、水源を保全していかねばなりません。
健康管理事業は、故若月先生と一緒に立ち上げ今日まで維持されてきた、この町の健康長寿の柱です。人が豊かに、幸せに生きるための根っこがしっかりとある。そんな町に生きている喜びを、末永く分かち合えたらと思うのです。
米づくりは今でも大切な仕事
(自身の圃場)
インタビューを終えて
佐々木町長は、いろいろなことを数字に基づいて話してくださり、酪農やきのこのことを知らないわたしにも理解しやすく、優れた経営者としての一面を垣間見た気がしました。また、インタビューの前に、わたしは花もも祭りのこんな話を読んでいました。
https://hirossini.com/blog-news/2012/05/1767/
本当に、お会いできてよかったと思いました。(聞き手・文責 赤堀公子)
「福祉と健康のつどい」。毎年10月に行われる佐久穂町の健康管理事業を象徴するイベント。広い会場に、福祉と健康の分野で活躍する団体の活動紹介や健康地域健康学習会の発表が展示される。ステージで行われる演劇は、オリジナルの脚本にもとづき長期の練習を経て熱演されるもので、もはや佐久穂町の伝統芸能の域に達している。旧八千穂村と故若月俊一先生率いる佐久総合病院により、昭和30年代から衛生環境の改善を目指し始まった活動は、その後「村ぐるみの健康管理」が目標に。若月先生の「予防は治療に勝る」の理念は「地域健康づくり員」や「保健推進員」といった住民ボランティアのイニシアティブによって引き継がれている。健康長寿国日本の起源に学ぼうと、毎年世界各地から視察団を迎える。